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日本基督教団改革長老教会
協議会ニュース 第45号

新世紀の協議会運動の展望と期待

十貫坂教会牧師 関川泰寛

 パウロは、教会をキリストの体と呼び、体は一つでも、多くの部分から、成っており、各部分が分裂を起こすのではなく「互いに配慮し合って」いると語る(Iコリント一二・一二以下)。新しい世紀を迎えるにあたり、このパウロの言葉から、協議会運動の展望と期待を述べてみたい。

 第一に、協議会運動の頭(かしら)が、キリストであることを改めて自覚したい。協議会運動それ自体は教会的組織を持つものではない。しかし、この運動は、第一回協議会以来、地域連合長老会形成を促し、地道な教会形成の努力を通して信頼と協力関係の遺産を培ってきた。二一世紀には、これらの遺産を自覚しながら、一層地域連合長老会の形成に祈りと力を注いでいくことが重要な課題となろう。私たちの運動は、積み重ねられていけばいくほど、人間の栄誉ではなく、キリストの主権が明らかになるものでなければならない。

 第二に、わたしたちは、一つなる公同の教会に連なる枝であるという自覚を一層確かなものとしたい。残念ながら、長老教会の伝統や神学を口では言いながら、人間的な行き違いや教会の内紛によって、事実上は、「ひとりよがりの各個教会長老主義」に落ち込んでしまう教会と教職者が少なくない。協議会運動に連なる諸教会が、このような教会に対して、共に改革長老教会形成の道を歩むべく、地道な祈りと説得、協力を行うことが大切である。同時に聖書と信仰告白に生きる教会は、あらゆる人間の霊の支配から解放されて、のびやかで自由な教会を形成することになるということを身を持って示したい。「一、聖、公同、使徒的教会」の信仰を諸教会が真実に共有することを期侍する。

 第三に、わたしたちは、この運動の遺産を次の世紀に確実に伝えなければならない。そのために、若い教職や長老、信徒がこの遺産をしっかりと認識し、運動の継承と進展の担い手の中心に育つことが肝要である。教会という体は、多様な部分からなっている。二十代、三十代の若い教職や長老も中心に加わって、しかも「互いに配慮し合って」運動推進の信仰のエネルギーと知恵を出し合うことができるような協議会運動を望みたい。

 第四に、協議会運動はますます日本のプロテスタント教会再生の責任を担うものとなるであろう。しかし、忘れてはならないことは、これは、単なる教会政治的運動ではないということである。教団内の旧教派の糾合や復古ましてや単純な教団正常化を最終目的とするものではない。復活の主のご命令(マタイ二八・一九)を真剣に聞くがゆえに、三位一体の神信仰に固執して、キリストの体なる教会をこの歴史の只中に建設する使命を与えられているのが、協議会運動である。それゆえ、運動の中心にいたものは、パウロの全人生と働きの中心にいたもう方と全く同じ、十字架で苦しみ、死よりよみがえられたキリストである。したがって、協議会運動に参与する諸教会が、この復活の主の信仰に引き続き固くたち、この方の生命に生きることが何より大切である。この方を中心にするがゆえに、協議会運動の進展と新しい賛同者を開拓する責任をわたしたちは負う。最後に、協議会運動はますます各面でのバランスを必要とするであろう。教団の中にあって、独り善がりにならず、他の伝統や立場の人々との対話や協力も必要となるであろう。しかし、一方で異なった教えには、毅然とした態度を取り続けるべきである。また、一つの体なる教会の中で弱く見劣りのする部分を、分裂の要因とするのではなく、互いに配慮しあうものとすることも大切である。さらに、時代に即応した具体的な組織化が進められてもよい時期ではないか。「援助する者」「管理する者」の賜物も十分用いられるべきなのである。


『第一回 神学研究会』

11月13日(月)午後1時 自由が丘教会
発表者 瀬谷 寛(鎌倉雪ノ下教会伝道師)
     渡邊義彦(柿ノ木坂教会伝道師)
     井上良作(横浜指路教会伝道師)
講演  川村輝典(弦巻教会牧師)

 改革長老教会協議会では初めての試みとして、新企画を実施することが出来た。常任代表者会議や全国連絡会において「教会的な神学研究の相互研鑚の場」が必要なのではないだろうかと意見が表明された時、その計画立案を教会研究所に委ね、関川泰寛氏がその中心的な責任を担ってくださった。計画の意図は若手教職に研究発表の機会を与えることが出来ればと願い、また更に聖書神学・組織神学・歴史神学・実践神学というそれぞれの分野から発表者が与えられるようにと配慮がなされた。それに加えて講演が一つあることが望ましいとの期待のもとに「第一回神学研究会」が開催された。当日の参加者は二二名であった。研究発表は「季刊教会」に掲載予定であるのでここでは簡単な印象に留めておきたい。

一、まず瀬谷寛氏は、「熊野義孝とカール・バルトにおげる『キリストの体』」の研究発表をされた。熊野によるなら、キリストの教会は歴史の中にあるという自己認識と共に、歴史の中にあってそれを強固に建て上げる方向へと向かおうとする。宗教の本質としての媒介者を、仲保者イエス・キリストの歴史的体なる存在として教会にも見ている。権威の問題として熊野は赦罪の一点において、イエスは理言者以上の存在である。教会の権威の座もまたこの赦罪の継承者に求められねばならないと言う。教会はこの赦罪の権威を継承することにおいて、キリストの歴史的体となり得るのである。バルトを聖書の釈義的基礎付けより理解している。ーコリントー2、コロサイー・!5〜r、エフェソ4:22〜23等。熊野、バルトの「キリストの体一の比較の類似点として「終末論的、キリスト論的」教会論をあげ、相違点として、サクラメントをあげて説明した。最後の結語として、熊野においては一キリストの体なる教会Lすなわち、キリスト論と教会論の結びつきが強いとし、バルトにおいで、は、キリストと教会に関してむしろその区別に強調点がおかれるとしている。体は第一義的にはキリスト自身にあり、「体たる教会」はむしろ第二義的に考えられている。今春神学校を卒業したばかりの若々しさが好感を持たれた発表であった。

二、渡邊義彦氏は、初代教会が持っていた唯一の聖書の連続性、非連続性、キリスト教倫理、救われた後の生活についての関心からパウロの魅力について学んで来られた事を、まず語った。そこで今回「パウロと律法」について発表をされた。ロマ書とガラテヤ書との比較においてというテーマを掲げて論じておられた。 聖書の中で使用されている「律法」という用語に関してパウロの真筆性を問い、真筆性第一次資料としてローマ、IUコリント、ガラテヤ、フィリピ、IUテサロニケ、フィレモンがあり、第二次資料として使徒言行録として考察する。また成立年代、律法という話の使用頻度が問われなければならない。次にパウロ自伝の再構成を、特に律法を巡る回心についてを明瞭にする仕業が求められること、ガラテヤ書、口ーマ書によって問うていく時、契約との関係概念が大きな枠組みとして考えられなければならない。契約の成就としての」キリストの到来が重要であるとまとめた。渡邊氏の研究発表は教職として学ぶことの継続性が大切であると教えられたものであった。

三、井上良作氏は、「十七世紀フランス改革派におけるカルヴィニズム予定論の展開モィーズ・アミローとソミュール学派」についての研究発表をされた。特に宗教改革以降の十七、十八世紀に関する歴史的神学的研究は未だ充分になされてきたとは云えないという認識から出発した。具体的に芳賀力教授がドイツ留学から持ち帰ったこの時代のラテン語による膨大な文献が東京神学大学図書館にあるが、これを充分に活用すべきことを訴えた。今後これらの文献を私共のグループで誰かが扱うようにならなければと要望した。そして一体私たちは本当にカルヴァンの家の子供なのか、それはどんなことを意味しているのか。カルヴァンの忠実な弟子であることは本当に改革派であることを要求しているのか。カルヴァンとカルヴィニストとの間にある連続性と非連続性を探求することが関心事であることをまず語った。一九七九年に出版されたケンドールの「カルヴァンと一六四九年までのイギリス、カルヴァン主義」を紹介し、彼の所説の主要点として実験予定論の伝統を解した。そして次に、十七世紀フランス改革派とソミュール神学、モイーズ・アミローの神学に触れたのである。井上氏は私共の歴史理解の弱さ、また歴史を研究することの大切さを特に示してくれた貴重なものであった。

四、これらの研究発表の後、川村輝典氏が、「最近の新約聖書神学について」聖書神学をめぐってと題して講演がなされた。レジュメを丁寧に用意して下さり感謝である。いつものことであるが川村氏の誠実な姿勢に敬意を表する。ここに項目のみを記すことによって報告にしておきたい。関心のある方は川村氏にレジュメを求められることをお勧めする。その論点は、

  1. 啓蒙時代以前の聖書神学と今日の聖書神学。
  2. シュトゥールマッハーの場合。
  3. ライサネンの場合。
  4. ヒュプーナーの場合。
  5. 新約聖書神学と全聖書的神学研究の歴史から見て。
  6. 聖書神学と教義学。

について論じられた。以上、大変参考になる講演をしていただき感謝であった。研究所から発表者、講演者に本当に僅かであるが薄謝を出させていただいた。今後もこのような集会を継承していきたいとの希望を持っているが、多くの参加者が得られる配慮、研究テーマ、研究者の選択方法等よりよきものにしていく努力が求められる。

(報告阿部祐治)


第三回全国青年修養会

 さる八月一七日(木)〜一九日(土)、アジアセンター小田原において第三回全国青年修養会が行われた。主題は、「十字架につけられたキリスト」(Iコリント一・一八〜二・五)であった。青年伝道の不振が叫ばれ、その回復が危急の課題とされている昨今であるが、信仰における最も本質的なこのテーマのもとに、二六教会、五六名の参加者が与えられたことは真に感謝であった。

 このテーマを真正面から取り上げ、質実剛健な講演をされたのは、鎌倉雪ノ下教会、東野尚志牧師であった。周到な準備による講演は実に明快であり、イエス・キリストの十字架の意味を青年たちに知らしめるのに十分な力を持っていた。一日目の講演の後、講師から、「あなたにとって十字架とは何か」という問いが出され、それに対してどのように答えるかが参加者にとっての一つの課題となった。

 このような課題を胸に、二日目の高砂民宣牧師(東京西教会)による聖書研究を伺った。主題聖句の釈義的考察である。これによって、さらに十字架の理解が深まったことは言うまでもない。さらに、二回にわたるグループ別懇談において、「わたし」と「キリストの十字架」、或いは「罪」について話し合われたようである。司会者の労をねぎらう。

 恒例の自己紹介では、教会(教師?)の個性を生かした紹介の仕方で会場を沸かせる一幕もあった。

 献身のすすめ(古屋伝道師)、改革長老教会協議会の使命(磯部牧師)も恒例となった。意気に感じ、一人でも多くの献身者が与えられることを心から願わずにはおれない。

 最終日、全体協議をし、また来年の開催を願い、川島直道牧師による閉会礼拝をもって会が閉じられた。

 今回も関東での開催となり、関西以西からの参加者が減少したが、来年は京都での開催を計画している。

(報告 高多 新)

事務局報告

  阿部 祐治

 十一月二十七日(月)午後四時〜十一月二十八日(火)正午にかけて、全国代表者連絡会が三十名の出席をもって青山教会を会場にして開催されました。以下その時の報告です。

《協議事項》

 第十回牧師会の報告がなされ、(参加者七十二名)、今までの協議会運動全般について協議意見を交換、検討し今後のことについて再確認した。二〇〇一年に開催される「日本基督教団改革長老教会協議会」等について以下のように決定された。

●第八回全国協議会
日時 二〇〇一年七月二十日(金・祝日)午前九時半〜午後四時
場所 日本基督教団富士見町教会
主題『キリストを告白するわたしたちの礼拝…長老会の務め…』
講師関川泰寛(東京神学大学教授・十貫坂教会牧師)
●第十一回牧師会
日時 二〇〇一年七月十九日(木)
場所日本基督教団富士見町教会
講師 磯部理一郎(福岡渡辺通教会牧師)
●公開講演会
日時二〇〇一年七月十九日(木)夕
場所 富士見町教会
講師 加藤常昭

 すべて詳細については、常任代表者会で決定する。

 なお、次回全国代表者連絡会は二〇〇一年四月二十一二日〜二十四日開催。

《お願い  協議会活動のためにクリスマスの献金をお願い致します》

日本基督教団改革長老教会協議会ニュース第45号
発行:2000年12月12日
事務局〒158-0082東京都世田谷区等々力3−28-22 自由が丘教会内
電話:03-3750-4559
FAX:03-3750-7893


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