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日本基督教団改革長老教会
協議会ニュース 第47号

第八回協議会を踏まえて

弦巻教会牧師  川村 輝典

 去る七月二十日、富士見町教会において開かれた全国協議会は九十九教会、三百四十八名の牧師、長老その他の参加者によって無事終了した。これまでの最高記録には及ばないが、第七回の時より九教会、十三名増であった。特に浜寺教会を始めとして、十名以上の参加者のあった教会が八教会にも及んだことは、嬉しいことであった。

 今回は礼拝の中心とは何かという、われわれの信仰の最も中核的な問題に迫る主題を与えられ、さらにそれを長老会がどのように担って行くかという、実践的な課題との関係の中で考える機会が与えられたと思う。しかしこの課題はかなり欲張ったものであって、講演者の関川牧師もかなり苦労されたと思われるが、見事にこれを処理された。

 講演の第三章において、「長老会は、この礼拝の本質をもっとも良く理解し、喜びと感謝に満ちた礼拝を捧げる責任を負う」という表題が掲げられたことに対して、いささか重い課題として受け止められた長老方がおられたかも知れない。なぜなら、資料として掲げられた『ヒッポリュトスの使徒伝承』には、司教や助祭というような教職者に関わる事柄が述べられており、大事なことには違いないが、それは牧師たちが心得ていればよいことなのであろう、と大部分の方は考えておられたであろうからである。

 ところがそこに述べられていることは、長老の一人一人に直接関わることだと言われたのだから、戸惑われるのも無理はないかも知れない。しかし、やはり戸惑ってばかりいてはいけたいのである。なぜなら長老方は、牧師と共に長老会を組織している成員だからである。私たちの教会においては、長老会が礼拝の「主宰者」である、と関川牧師は言われる。その意味は、第一に礼拝が初めから終わりまで、聖書と信仰告白に基づいて、行われるように長老会が責任をもつということ、第二に長老会はその一員である牧師が、聖書と信仰告白に基づいて御言葉を取次ぎ、聖礼典を正しく行い、三位一体なる神を証しすることを祈り求める責任があること、そして第三に礼拝の順序、使用聖書や讃美歌について、オルガンの購入やオルガニストの選定などの責任を負う、というようなことである。

 長老が礼拝に責任を負うとは、必ずしも礼拝の司式をしたり、説教をするというようなことではないのである。長老会全体として、牧師と共に礼拝の進行に関わるということなのである。

 この点は、今回の協議会の声明の第二条と、深く関係している。すなわちそこでは、…「御言葉の説教と聖礼典の正しい執行という真の教会のしるしの大切さをますます自覚し、そのために長老会の果たすべき務めを考え、これを担います」と述べられている。すなわち「長老会の果たすべき務めを考える」だけではなく、積極的に「これを担う」という決意がなされていることに注目したい。

 声明の第一条の信仰告白に関わる部分では第六回第七回ともニカイア信条から始まっていた順序が変えられ、使徒信条からとなった。スコットランド教会でも、アメリカ長老教会でもニカイア信条から始めているのだから、従来通りでよかったのではないかとも思う。

 また「宗教改革、特に改革教会の諸信条」という句を入れたことで、われわれの教会が改革教会の伝統に連なることが、強調されている。第一条の最後の部分の、「また更に地域連合長老会の形成に努めます」という句は、第七回全国協議会の声明文採択の際の加藤氏の質問や、「協議会ニュース」第四二号の藤掛氏の論説の中でも問題になったことを、われわれは心得ている。しかしこのことは協議会に参加されたすべての教会が、運合長老会加盟あるいは結成を目指さなげればならない、ということではない。現在はまだとてもそこまでは考えられない、という教会があってよいのである。そのような教会を仲間として加えつつ、しかも協議会全体の目標として、地域長老会一必ずしも既成の連合長老会とは限らない一の形成を目指すことは、やはり必要なことたのではないであろうか。

 協議会は運動体である。運動体であるということは、かたり幅の広い立場を包含し得るということを意味する。なかなかそこまでは考えられないという教会も、明日にでもこれを組織したいという教会も一緒に戦える、というところに運動体のすばらしさがあるのだと思う。第三条に言われている伝道についての趣旨は、これまでも絶えず主張して来たことである。今回は特に青年伝道、高齢者への伝道と牧会にふれられているが、青年伝道についてはすでに四回に亘って全国青年修養会が行われ、若手の教職方の努力によって、すばらしい成果を挙げつつあることを憶え、一層これを応援して行きたいものである。


第八回協議会声明

私たちは、一九八二年以来確認してきた基本線に従い新世紀を迎えて以下の決意を表明します。
  1.  私たちは、聖書と信仰告白を規範とする教会の形成を一層具体化するために力を合わせます。使徒信条、ニカイヤ信条などの基本信条、宗教改革、特に改革教会の諸信条、一八九〇年日本基督教会信仰の告白、一九五四年日本基督教団信仰告白を継承告白し、各地域に伝道協力組織を作り、また更に地域連合長老会の形成に努めます。
  2.  私たちは、父・子・聖霊なる三位一体の神を礼拝する姿勢を整え、生けるキリストを告白する喜びを多くの人々に伝えます。御言葉の説教と聖礼典の正しい執行という真の教会のしるしの大切さをますます自覚し、そのために長老会の果たすべき務めを考え、これを担います。
  3.  私たちは、困難な現実に直面しながら、飢え渇きつつキリストの救いを必要としている人々に、全力を傾げて伝道します。日曜学校(教会学校)の活性化、青年伝道、高齢者への伝道と牧会、正しい教理の学習、受洗志願者教育等を、全教会をあげて行います。
  4.  私たちは、キリストを神と告白する信仰によって罪赦され、和解の福音に一人一人が生かされた者として、喜びの信仰共同体の形成をめざします。教職・信徒すべてが、この形成の働きに参与できるよう努めます。
二〇〇一年七月二〇日

第八回全国協議会に参加して

改革長老教会と時代の荒波―全国協議会に初めて出席して―

福岡渡辺通教会長老  松田 忍

 今夏七月二十日東京富士見町教会で開催された改革長老教会協議会第八回全国協議会に出席しました。今世紀最初の記念すべき全体集会で、身の引き締まる思いとともに、日本の改革長老教会全体の信仰レベルや共通理念や将来性を直接知りたいという期待も込めて参列しました。

 関川泰寛先生の主題講演「キリストを告白するわたしたちの礼拝」はとても内容があり、ここに主な回答が示されていると感じました。宗教改革以来の長い伝統と真面目で強い信仰の土台の上に今日の礼拝の形式が築かれたことを知り、大きな感銘と満足を覚えました。形式主義や惰性に陥ること無く、地上の教会の汚れや過ちも直視して、長老が聖書と信仰告白中心の礼拝をどう主催すべきかがよく解説された講演でした。

 神様から賜った人生の旅路で最も大事なもの、私たちクリスチャンが自らの命よりも大事にすべきものがあります。それは最後まで私たちを愛し通され、私たちの罪の蹟いのために命を捨て、復活して今も私たちとともに歩み、永遠の生命へと導いて下さる主イエス・キリストの存在です。私たちが、心からの悔い改めと感謝をもって、神の深い愛を信頼し、大きな希望を持って礼拝を捧げるならば、神の御業で大いなる力と祝福とが与えられるにちがいありません。これが礼拝の中心信条と思いました。

 今日、偶像(金銭)崇拝と人間中心主義の時代において、殆どの教会が人間関係や財政にまつわる困難た問題を抱えていることも、グループ別協議で知りました。しかし、正しくゆるぎない信仰を大切に長い歴史と伝統を継承している改革長老教会共同体は、時代の荒波を超えて柔軟な改革を重ねつつ、これからも立派に存続していくものと確信しました。


礼拝共同体の恵み

平塚富土見町教会長老  福田 恵一

 今回の協議会は「キリストを告白するわたしたちの礼拝」の主題の基に開催された。

 改革長老教会協議会活動の大きな位置を占めるこの協議会において声明を出し、これからの運動の方向を再確認したことは大変意義あることと言える。

 しかしながら、この協議会が運動体としての活動を強いられていることの現実も直視していくことがあろう。教団の中にあって活動の限界とそれでもなお少しづつ歩みを進めてきた現状を認識しつつ、更なる広がりを求めて努力していきたいものだ。

 礼拝理解の混乱が叫ばれる中、今回の協議会で礼拝についてお互いに確認しあい、長老会の役割さらには長老の責任を学んだことは大変理にかなったものと思われる。

 私たちのうちに三位一体の神が内在し、喜びに満ちてキリストを告白することが許されているものとして、生きた聖なる真の礼拝を捧げられるよう務めを果たしていきたいものだ。

 主題講演の中で「長老は他の長老や牧師と、その目的が同一であることを常に自覚している必要があると思います。目的の同一とは、教会生活が決して、主イエスキリストの礼拝と賛美以外の方向に行かないという確固たる自覚を意味します。」と話された。

 私たちは、ともすると自らの都合や弱さを口にしてしまう。しかし、われわれの教会が、そして、そこに連なる長老が、同じ信仰告白を規範として、教理の一致を目指し、礼拝共同体を形成していこうとする群れの中にあることを覚えて、その恵みに感謝すると共に、主に仕える喜びに満たされたい。


協議会への期待

豊橋中部教会長老  杉浦 一朗

 都市部の大教会以外の教会は、大部分が教勢が落ちている。しかもその構成は戦後のキリスト教ブームの時代の人間が中心で、随分と老齢化が進んでいる。二十年後には経済的にも運営的にも、破綻してゆくことだろう。牧師は献身者がなく人材不足、使徒は、役員は、無知から来る問題をひきおこす。牧師は人間関係と事務仕事で疲れ果てている。結局日本にはキリスト教は根付かなかったのか。

 そんな思いを抱いて、第八回全国協議会に出席したのでした。

 協議会前日の加藤先生の公開講演会に大変感銘を受けました。何かこのようなことを書くのは不謹慎であるのでしょうけれど、遺言のように聞いていたのです。次の世代の牧師に、長老に、真の教会を建てていくには何が必要か、その為に最も大事なものは何か、それを問うていたような気がするのです。加藤先生に対して批判的な牧師がいるようですが、説教に関して真撃に聞かなくてはならたいことがあるのではないでしょうか。

 協議会当日は関川先生から「キリストを告白するわたしたちの礼拝……長老会のつとめ」と言う主題のもと、講演がなされました。礼拝の中に神が生きて働き、いきいきとした真の礼拝が捧げられるための長老会のつとめについて、またその制度、組織の働きについて語られました。聖霊は無媒介に働くものではなく、教会の礼拝の中に、教会の組織の中に、制度の中に働かれる。その事が良くわかった講演でした。長老会(中会)のつとめは礼拝を整え、聖礼典が正しく執行され、福音が正しく語られているかを判断し、正していくことが重要なことが改めて知らされました。

 協議会は一つの運動体でしょう。しかし、ここに日本のキリスト教の改革が始まるのかもしれません。(そんな希望を抱くとわくわくしてくるではないですか)


長老会の務めを考える

藤沢北教会長老  西崎  猛

 わたしたち長老研修の今年度のテーマは「改革教会の礼拝」です。今回の主題講演及び発題は大切なことを教えていただきまして感謝いたします。

 わたしたち教会の主日礼拝司式は歴代牧師が行ってきましたので、礼拝の主宰者は牧師と考えていました。関川泰寛牧師が主題講演で「長老会は、この礼拝の本質をもっと良く理解し、喜びと感謝に満ちた礼拝を捧げる責任を負う」、「長老会が礼拝の『主宰者』である」と述べられましたことに、長老の主日礼拝の参与が厳しく問われる思いがしました。

 各個教会長老がなるほどと自己研鑽するのが改革長老教会協議会運動の本来の狙いではないと思います。「各個教会長老会は、常に地域連合長老会の中で、そのつとめの責任を自覚させられ、信仰の訓練がなされます」と関川泰寛牧師が述べています通り、各個教会長老会は地域連合長老会との結びつきが大切です。

 わたしたち教会の所属する全国連合長老教会/神奈川連合長老会では今年度長老研修会について、この第八回全国協議会を受けて展開と方向性を検討し、主題を「礼拝―式順とその意味するところ」として、九月二四日休日の一日五三名が集い、有意義な研修会を持ちました。

 今回採択した第八回全国協議会声明文に「各地域に伝道協力組織を作り、更に地域連合長老会の形成に努めます」とあります。わたしたちは日本基督教団の中にあって、開かれた改革長老協議会運動として「地域連合長老会」をどのように提え、地域伝道協力組織からより教会的なものを形成するのか、各地域の事情を考慮しつつ、一歩踏み出した行動プログラムの必要を感じました。


協議会の基本線・申し合わせを重んじる

小田原十字町教会牧師  馬場 康夫

 一九八五年四月二九日、第一回改革長老教会協議会が開かれ、回を重ね、二〇〇一年七月二〇日、第八回改革長老教会協議会が開かれました。改革長老教会協議会の運動が始まり、二〇年近くになりました。協議会参加教会数の変化をみると、第一回は一一五教会、第二回は一四六教会、第三回は一四〇教会、第四回は二二五教会、第六回は一〇七教会、第七回は八三教会、第八回は九九教会。ここ数回は参加教会が減少しています。いったい、このことが何を意味しているのか、きちんと検討することが必要だと思います。一つの推測ですが、この二〇年間に、日本基督教団のいわゆる正常化が多少なりとも進み、改革長老教会協議会の意義が薄くなっている、と判断している教会が増えてきたのではないか。もしそうならば、たいへん残念なことです。

 第一回協議会において「長老制度による教会形成を志向し」と申し合わせ、以降、第二回「長老制度による教会の確立を求めて、共同の努力をいたします」、第三回「長老制度による協議会形成の道を新しい思いをもって継承する」、第四回「代々の改革長老教会の信仰告白と教会建設の道を受けつぎ」、第五回「信仰告白を規範とする教会形成は改革長老教会の歴史においてこそ、常に目ざしてきたことを確信し、日本基督教団内にあって、可能な限り、この伝統を具体的に継承し、新たな発展を志すために共同の努力をする」、第六回「長老制度の形成を志す」、第七回「地域運合長老会彫成に努める」、第八回「地域連合長老会形成に努めます」と、長老制度による教会形成を目ざすことを、常に申し合わせ続けてきました。こういうことからいうと、地域連合長老会形成に至った地域もありますが、改革長老教会協議会の成果はまだまだ不十分です。改革長老教会協議会の基本線と申し合わせに立ち返って、改革長老教会協議会のはたらきがますます積極的に推し進められることを願っています。


改革長老教会協議会とともに前進する教会として

庄原教会牧師  松島 敬三

 二年おきに行われるこの協議会に当教会の二名の長老と参加できたことは感謝であった。わたくしどもの教会は、乗り遅れたような遅々たる歩みだが、改革長老教会協議会から生み出される、福音主義公同教会の影響が、起こりはじめているのである。

 職制、信仰告白、聖書正典に基づく教会を形成している連合長老会加盟の機が、熟すことを祈り願うものである。「教会は焦ってはならないが、急がなげればならない」と先輩の言葉にある。復活の主を見失わぬように、目を醒まして歩みつづけることである。必ず決断の機は熟すからである。

 分団の中で「今回の参加は、第一回目の協議会に出席して以来のことであるが、この協議会は、あれ以来何も変わっていない」と言われた方があった。第六回協議会から参加するようになった私でさえ、大きく変えられていると思っていたので、いささかとまどいを覚えた。変わっていないということは、前進していない、連合長老会加盟教会が進展していないと言う意味で言われたのかも知れない。ニカイア信条が日本基督教団改革長老教会協議会教会研究所訳として発行され、共用されるようになった。こういう教会が増えつつあることは大きな変わりようではないだろうか。一面変わっていないと言うことに、聖・公・一なる使徒的教会をめざす改革長老教会協議会のアイデンティティーがあると言ってよいのではないか。

 変わろうと努めている教会も少なくないと思う。変えてよいものについては、変わろうという志を互いに尊重し、採択された声明を実践し、検討し、さらによりよいものに前進できればと、祈り願うものである。


☆☆☆

教会研究所の活動並びに今後の計画

関川 秦寛

一 第二回研究会の報告

 教会研究所主催の第二回研究会が、去る十一月十九日〔月〕に十貫坂教会で開催された。この研究会は、若手の教職による研究発表を中心にして、教会の形成を支える神学の相互研鎮を目的としている。今回は、有馬尊義(佐倉教会)、原田浩司(富田林教会)、上原智加子(下谷教会)が、それぞれ専門の領域で研究発表し、その後、野村信氏(東北学院大学)による「カルヴァン研究の最近の動向……主にジュネーヴを中心として」と題する特別講演が行なわれた。夕食をはさんで、参加者による質疑応答と自由な懇談もなされ、まことに有意義な会となった。教職の神学研究のレベルアップをはかるとともに、研究内容を共有することで、日本の伝道と教会の形成につなげるためにも、今後も一層充実した会にしていきたいと願っている。

ニ スコットランドよりファーガソン教授来日の予定

 教会研究所では、二〇〇二年八月から九月にかげて、エディンバラ大学教授ディヴィッド・ファーガソン教授を改革長老教会協議会牧師会の主題講演者としてお招きする。ファーガソン教授は、スコットランドを代表する組織神学者であり、スコットランド教会の教職でもある。『ブルトマン』『共同体、リベラリズム、キリスト教倫理』等数多くの著書と編著がある。全国牧師会では、「改革長老教会の神学の歴史的意義」(仮題)と題する講演を予定している。また東京、大阪、九州など各地でスコットランド神学に関するセミナーや信徒向けの講演会も行なう。詳しい日程は未定だが、二〇〇二年八月末から九月初旬にかけての各地での講演にはぜひ大勢の教職、信徒の方々の参加を期待している。

三 教会研究所の今後の役割

 教会研究所では、これまで全国協議会の盲言文の文案作成やニカイア信条の翻訳、さらには研究会の立案などを行なってきた。今後は、さらに日本基督教団にあって、改革長老教会の健全な形成に資する神学研究と具体的提言を積極的に担いたいと考えている。

事務局報告

  阿部 祐治

日本基督教団改革長老教会協議会ニュース第47号
発行:2001年11月25日
事務局〒158-0082東京都世田谷区等々力3−28-22 自由が丘教会内
電話:03-3750-4559
FAX:03-3750-7893


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