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日本基督教団 改革長老教会
協議会ニュース 第49号


第十二回全国牧師会を終えて

弦巻教会牧師 川村輝典

 今回の全国牧師会はD・ファーガソン教授の講演を中心として行うことが、すでに前年より決定しており、これと例年の牧師会のプログラムとをどのように調整するかということが心配されたが、終わってみればそれは全くの杞憂であった。同教授による二回の主題講演と質疑応答ということで、われわれが考えていた必要な用件がすべて満たされた、と言ってよいであろう。

 九月二〜二日の牧師会を挟んで、都内、阪神、九州の諸地域に於いても講演、セミナーを開くという大変欲張ったスケジュールで、初めての日本の夏を経験する講師にはいささか酷であるかと心配されたが、同教授はわれわれの杞憂を全く問題にされず、われわれの待遇に対して、ジョークをもって答えられるという、余裕たっぷりの態度で、かえって恐縮するような次第であった。

 牧師会での第一日目の講演は「神論とキリスト教的生活」、第二日目は「教会・サクラメント・ミニストリー」という題で行われたが、教授は、長い伝統を持つスコットランド改革派教会が先輩教会として、若い日本の改革教会を教え導くというような態度ではなく、むしろスコットランド教会の問題点などを隠すことなく語られ、共に戦う改革教会の仲間として、われわれに接してくださったことに、多くの人々は感動したと思われる。

 たとえば信仰告白の扱いについて、ウエストミンスター信仰告白が唯一の従うべき信仰の基準とされているスコットランド教会より、PCUSAのように基本信条から一九九一年の小信仰宣言まで十一の告白が一緒になって、教会に神学的な形を与える方が、すぐれていると思うと正直に言われた。このような発言は、われわれの教会にとって、大変貴重なものではないであろうか。

 また教授の言葉の端々から感じ取られたことは、改革派神学のすばらしさを様々な形で語られつつも、ルターに対しても十分な敬意をもって扱われ、そこから学ぶべき点が多々あることを告げられたことがある。義認と聖化の問題に関して、義認を強調されたことは、聖化に対する誤った改革派神学理解への警告ではないであろうか。二日目の講演の中でカルヴァンの教会論について語られた時にも、ルターの教会論がその前提となっていることが強調された。

 しかし、何と言っても今回の講演会における圧巻は、二日目の講演の最後の項目である「現代のエキュメニカル運動における改革派教会」の部分であった。ここでは、まずヨーロッパの改革派とルター派の問でキリスト論、主の晩餐、予定、職制の問題についての合意をまとめた、『ロイエンベルク合意書』のことが語られ、今日これらの問題に対する十分な共通基盤が存在することに、注意を向けるべきことが語られた。

 改革派とローマ・カトリツク教会、聖公会と改革派との対話も、熱心に進められているとのことであった。

 また、改革派教会は、教会とユダヤ教との関係を再考可能にするきっかけをもたらした。それは「巡礼する神の民」としての教会というイメージが、新たに注目されるということによってなされた、という。

 かくして教授は、われわれ改革教会にとっては「常に改革される教会」という原理によって「神の言葉の光の下において、歴史的実践と現代の流れとを熱心に再評価する」ことが課題であると、と結論された。

 外国から教師を招いて開かれた他の講演会と較べて、今回の講演会が実に配慮が行き届いていたことを強調したい。それは連絡、接待、通訳や解説を担当された、関川泰寛氏を始め、神代真砂実氏、高砂民宣氏と言った方々によって、完全原稿が原文と翻訳の形で並ぶという、すばらしい用意がなされていたことである。三人の方々のご努力に心からの感謝を捧げたいと思う。


「爽やかな感動を与えてくださったファーガソン先生」

通訳 荻窪清水教会牧師 高砂民宣

 エディンバラ大学の組織神学教授であるD・ファーガソン先生が、八月末に来日されました。ご夫妻で二週問滞在され、東京、関西、九州を訪れ、合計八回に渡る講演をされました。日本基督教団改革長老教会協議会の招きを快く受けてくださり、ハードなスケジュールにもかかわらず、常に笑顔で接してくださいました。

 私は九月一日(日)に富士見町教会で行われた「信徒のための講演会」で通訳をさせて頂きました。関川先生から通訳のお話を伺った時、正直言って、「なぜ私が」と戸惑いました。私はスコットランドを訪れたことがなく、しかも東神大での専攻は聖書神学でした。門外漢であり、人選ミスではないかと思いました。しかも、スコットランドを訪れたことのある先生方から、「スコットランド人の訛はスゴイよ」と脅かされ、悶々と日々を過ごしていました。しかしファーガソン先生ご夫妻にお会いしてみると、非常に洗練されたカツプルで、それまでの心配は一挙に吹き飛んでしまいました。

 ファーガソン先生はエディンバラ大学とオックスフォード大学で神学を学ばれましたが、それ以前にグラスゴー大学で哲学を学ばれました。そのためか、非常に哲学的な思考をなさる方だと思いました。科学にも造詣が深く、先生の諸講演にはそうした素養が滲み出ていました。

 奥様のマーゴットさんは大学時代、動物学を学ばれたそうです。結婚後は薬学を勉強され、現在は二人のお子様を育てると共に、薬剤師として働いておられるということでした。欧米の方のお話を伺うと、学問に対する考えが、私たち日本人といかに大きく異なっているかを実感します。多くの日本人が、学校は会社に就職するための一つのステツプと考えたり、自分の専門だけを学べばよい、と考えているのではないでしょうか。それに比べて欧米人の学問に対する姿勢は、実に懐が深く、そうした点が、豊かな発想をもたらすのではないか、と実感しました。そのように考えると、自分を門外漢と見なす発想が、いかにも日本的であるかと反省させられました。事実、「科学、テクノロジー、そして神の善き創造」という講演の通訳のための準備を通して、いろいろなことを学ぶことができました。そして科学と宗教との問題は、二一世紀に入った現在、いよいよ重要な課題であると痛感しました。

 ファーガソン先生は、「科学、テクノロジー…」の講演の中で、科学と宗教との対立と独立、および対話についてお話くださいました。また、生態学的破壊や核破壊の問題、科学的唯物主義の問題、遺伝子操作の問題など、現代における様々な問題を取り上げながら、そうした諸問題と直面しつつ、改革教会は教理と伝統に固く立って応答し、進み行くのだ、と主張されました。チャレンジングでありつつ、私たちの拠って立つところを再確認させてくれる、実に素晴らしい講演でした。その全内容については、一二月に発行予定の『季刊教会第四九号に拙訳が掲載される予定ですので、ぜひお読みください。

 私は東京で行われた講演(全部で五回)しか聞いていませんが、関川先生と神代先生の通訳はとても流暢で、よい模範と学びになりました。

 ファーガソン先生はエディンバラ大学の教授であると共に、スコットランド教会の牧師です。先生とお会いした期間は一週間足らずでしたが、先生の言葉やしぐさの隅々から、よき伝道者・教育者という印象を強く受けました。せひまた来日され、日本の諸教会に豊かな刺激を与えてくださるよう、祈るものです。

 ファーガソン先生から、九月一二日(木)付でEメールを頂きました。その中から一部をご紹介したいと思います。

 「私たち夫婦の日本訪問は、忘れ難いものとなりました。行く先々で温かいおもてなしを受け、親切にして頂き、日本の教会についても多くのことを学びました。私たちは火曜日にこちら(エディンバラ)に無事到着し、子供たちが元気であったので嬉しく思いました。いつの日か、貴兄がエディンバラを訪れる日が来るのを楽しみにしています。」

 近い将来、ぜひエディンバラを訪れ、スコットランド教会の生の姿にふれてみたいと思います。そして今秋からエディンバラ大学で神学の学びを始めた、私たちの同士である山澤直晃先生(前森小路教会牧師)にエールを送りつつ、筆を擱かせて頂きます。


改革長老教会協議会

関西地区会報告

千里丘教会 牧師 似田兼司

 関西地区会は、教師会を年に三回、長老・執事研修会を一回開催することを継続してきました。

 今年は、ファーガソン先生を同じ時期にお迎えすることになりましたが、長老・執事研修会は休まないと決め、八月二十六日午後、茨木教会で開催しました。

 「健やかな教会を建てるために」と題して、山田教会の井ノ川勝先生が講演をされ、鍵を行使する長老会の役割について、多くの示唆を与えられました。十九教会、九十三名の出席でした。

 さて、ファーガソン先生をお迎えしての集会が九月五日午後、浜寺教会で行うことになりました。明治のはじめから、日本の教会がスコットランド神学の影響をうけてきたといわれるのに、日本語で読める文献も少なく、準備的な学びをしたいという声があがりました。そこで六月十七日の教師会をそれにあてることにしました。富田林教会の原田浩司先生が、「T・F・トーランスの所説によるスコットランド神学の特徴」〜J・ノックスからウェストミンスターまで〜という講演をして下さいました。おもなスコットランド神学者の紹介、スコットランド信仰告白やウェストミンスター信仰告白の特徴や問題点等を、豊富な資料を用意して語られました。

 そのような準備をしてファーガソン先生による神学セミナーの日を迎えたのです。題は「宗教改革以来のスコットランド神学の展開と変遷」で、関川泰寛先生が通訳をして下さいました。出席者は、先生ご夫妻、教師三十三、信徒十五、計五十名でした。教師のうち、日本キリスト教会から四、日本キリスト改革派教会から一名の方の参加が含まれています。講演の後、別室で茶菓をいただきながら、先生がご持参下さったスライドを見つつ、懇談の時をもちました。

 この会のため、西部連合長老会、近畿神学研究会が協賛して下さり、また、多くの方々からの献金もありました。


九州地区報告

福岡渡辺通教会牧師 磯部理一郎

 今年は、九州プロテスタント史に残るべきたいへん恵まれた福音の年となりました。ファーガソン先生をお招きし、九月七日(土)信徒のための講演会「神が善なるものとしてお造りになった世界」(会場・福岡渡辺通教会、通訳・磯部理一郎)、翌八日(日)礼拝の説教「復活の主キリスト―力ある神の顕現―」(会場・福岡渡辺通教会、通訳・磯部理一郎)、九日(月)スコットランド神学セミナー「宗教改革以来のスコットランド神学の展開とその変遷」(会場・福岡渡辺通教会、通訳・関川泰寛)という主題でそれぞれ行われました。

 特に九日の神学セミナーには、九州全土から教団の諸教会や九州連合長老会の諸教会は元より、日本キリスト教会や日本基督改革派教会と教派を越えてご参加いただいたことは最も記念すべきことだと思います。改革長老教会の伝統に立つ諸教会が一堂に会しての神学セミナーに、何か新しい日本の教会の未来を予感させる思いでした。大きな一つの群れとして共に学び、共に協力しあうことができれば、どれほど幸いなことでしようか。

 去る五月には福岡渡辺通教会(旧日本基督福岡教会)から別れた日本キリスト教会城南教会の教会堂奉献記念講演として、ドイツ改革派教会よりアルフレッド・ラウハウス先生により「改革教会の礼拝式順とプロテスタント教会の讃美歌集」という講演会が行われました。またドイツ改革教会一九九九年改定式文による礼拝も荘厳なパイプオルガンの奏楽及び詩編に基づく即興と共に行われました。連合長老会でも式文改定が急がれていると聞いています。こうした同じ長老教会の伝統にある諸教会が、いつの日か、日本の伝道のために共に一つになって力を合わせることができる日を夢見る思いです。先ずは日本基督教団内の諸教会と理解と信頼を深めてゆかねばと改めて思います。


第五回全国青年修養会報告

南紀の台伝道所  高多新

 去る、八月一日〜二日(木〜土)、京都の関西セミナーハウスにて、第五回全国青年修養会が開かれた。今回は二十三教会、三十四名の出席が与えられ、感謝であった。

 堀岡啓信牧師(小松教会、以下教会を省略)司式・説教による開会礼拝の後、寺田信一牧師(海老名)による丁寧な聖書研究がなされた。今回の主題は「わたしは主、あなたの神」(出エジプト記二十・二)であったが、修養会で学んだ聖書箇所は出エジプト記第二十章一〜一七節、すなわち「十戒」であった。聖書研究では、急所となる箇所に重点を置きつつ、全体にわたって御言葉の解説がなされた。翌日からの主題講演を聴くためのよい手引きとなった。

 さて、二日目の朝を迎え、馬場康夫牧師(小田原十字町)による礼拝がささげられた後、第一回目の主題講演となった。講師の藤掛順一牧師(富山鹿島町)は、まず、なぜ十戒を学ぶのかを、『ハイデルベルク信仰問答』を参照しつつ、「感謝の生活を導き整えるため」だと語られた。また、「十戒」という言葉によって、「十の戒め」と思われがちであるが、原文には「十の言葉」と記されていることから、十戒はむしろ神の民として自由に生きるための道しるべなのだと語られた。また、十戒に先立つ神の自己紹介(二節)が、この十戒の福音的性格を基礎づけていると語られた。

 午後には楽しい親睦、また交流の時があり、参加者相互による親しい交わりの場が与えられた。

 さて、夜には第二回目の主題講演を伺った。そこでは、現代の諸問題(例えばテロ、生命倫理など)と対話しつつ、今日における十戒の意義が語られた。今回の講演で首尾一貫していたことは十戒の御言葉を、つねにイエス・キリストの福音の中で聴く、ということであったと思う。そのためか、この後にもたれた主題別懇談では、実に活発な意見が交わされた。

 三日目の朝、南澤望牧師(宮崎中部)による礼拝を守り、全体協議の後、高多新牧師(南紀の台)による閉会礼拝を守り、帰途に着いた。参加した青年達からは、十戒を再発見した、という声が多く感謝であった。

事務局報告

 阿部祐治

日本基督教団 改革長老教会協議会ニュース 第49号
発行:2002年11月24日
事務局:〒158-0082東京都世田谷区等々力3-28-22 自由が丘教会内
電話:03-3705-4559
FAX:03-3705-7893


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