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日本基督教団改革長老教会
協議会ニュース第51号


クリスマスメッセージ 「救い主キリストの出現」

テモテヘの手紙二第一章九〜十節

横浜指路教会牧師 藤掛順一

 「神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。」(九節)

 私たちは、自分の行いによってではなく、神様のご計画と恵みによって救いにあずかっています。私たちが何かをするより前に、いや、私たちが神様を信じるよりも前に、神様が、私たちを救おうと、恵みによって計画して下さったのです。そして神様は私たちを、聖なる招きによって呼び出して下さいました。教会に連なる信仰者とは、神様のご計画によって呼び出された者たちです。ジーコ監督が日本代表チームを作るために選手を指名して召集するように私たちは神様から、救いにあずかる神の民として呼び集められたのです。

 「この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ」(九節)

 神様のこの恵みのご計画は、永遠の昔に与えられていたものです。神様はこの世界をお創りになった、その時に既に、私たちを聖なる招きによって呼び集める計画を立てておられたのです。言い換えれば、神様は私たちを呼び集めて救いにあずからせるために、この世界を創って下さったのです。

 この恵みのご計画は、キリスト・イエスにおいて与えられていたものです。主イエス・キリストは、天地が創られる前から父なる神と共にあられたまことの神です。「すべてのものはこの方によって造られました」(ニカイア信条)という方なのです。神様は、私たちがこの主イエス・キリストにおいて、聖なる招きにあずかるようにと計画していて下さったのです。

 「今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。」(十節)

 永遠の昔に神様が与えて下さっていた私たちの救いのご計画を明らかにするために、主イエス・キリストは一人の幼子となってこの世にお生まれになりました。主イエスの出現によって、私たちへの神様の救いのご計画、聖なる招きが明らかになったのです。クリスマスはこのことを喜び祝い、感謝する時です。主イエスが、誰からも顧みられずに、ベツレヘムの馬小屋でお牛まれになった、その貧しさの極みの中での誕生において、この世界が創られる前から定められていた私たちの救いのご計画が明らかにされたのです。

 「キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。」(十節)

 主イエス・キリストの出現によって明らかにされた神様の救いのご計画は、死を滅ぼし、私たちに不減の命を与えて下さるというものです。「キリストは死を滅ぼし」とは勿論主イエスの復活のことです。その前提には主イエスの十字架の死があります。主イエスは私たちの全ての罪を背負って十字架にかかって死んで下さったのです。主イエスがお生まれになったのはこのことのためでした。主イエスの父なる神様は、その主イエスを復活させることによって、死を滅ぼし、不滅の命を現して下さったのです。私たちが白分の善い行いによってではなく、神様の恵みによって救われるというご計画は、この主イエスの十字架と復活において明らかにされたのです。そしてそのご計画が最終的に実現、完成するのは、主イエスの再臨、第二の出現においてです。私たちは、永遠の昔に約束された神様の救いのご計画の将来における実現を待ち望みつつ現在を生きるのです。その歩みの要(かなめ)が主イエス・キリストなのです。

 神様が主イエスにおける聖なる招きによって呼び出して下さっている人々はまだまだ大勢いるはずです。その人々を見いだすために、伝道に励みましょう。


釧路教会のために援助を

弦巻教会牧師 川村 輝典

 すでに幾つかの教会には、援助献金のお願いと、資料をお送り致しましたが、御承知のように去る九月二十六日早朝、北海道十勝沖を中心に強い地震が起こりました。改革長老教会協議会に所属しておられる釧路教会の付近の震度は六に達し、同教会自体も窓ガラスや壁タイルの破損などの被害がありました。しかし、同教会の伝道所である雪里伝道所に併設されている釧路めぐみ幼稚園の園庭約百坪が、液化現象によってグランドが陥没し、倉庫二つが傾き、水洗浄化槽が破損するなど、大きな被害を受けました。同教会は、北海道では旧日本基督教会の伝統に立ちつつ教団に所属する唯一の教会で、改革教会の伝統をしっかりと守りながら伝道の使命を担っておられ、また同教会の福士卓司牧師は、毎年行われている全国協議会にも必ず出席されており、今年も先頃お会いしたばかりでした。釧路における、教会付属の幼稚園の持つ伝道上の意味は、極めて大きいものがあり、これを固めることが教会にとって、重要な布石になります。時恰もクリスマスを迎えようとしております。どうか各教会におかれましては、教会全体として、団体として、または有志の方々で、あるいは個人で、最北の地で福音の宣教のために頑張っておられる同教会のために、少しでもご協力くださるよう、心よりお願い致します。釧路めぐみ幼稚園は、一九九九年に釧路教会内から市近郊に移転新築したばかりであり、雪里伝道所と共にまさに伝道の拠点となっています。幼稚園教育と同時に伝道活動を、今後活発に続けて行くためにも、園庭修復は急を要します。どうか宜しく御協力くださいますようお願いいたします。園庭の復旧のためには、約五百万円の費用がかかります。すでにお送りしたお願いの文章のいの中にも記しておきましたが、献金の送り先は以下の通りです。

郵便振替口座口座番号○〇二八○-五-二三〇三

加入者名 日本基督教団改革長老教会協議会


日本基督教団改革長老教会協議会
第9回協議会声明

  1.  わたしたちは、信仰告白が教会を結ぶきずなであることを確認し、日本基督教団教憲第二条に基づいて、以下の信仰告白を継承し、告白します。
    1. 使徒信条ニカイア信条などの基本信条
    2. 宗教改革、特に改革教会の諸信仰告白、1890年日本基督教会信仰の告白
    3. 1954年日本基督教団信仰告白
  2.  わたしたちは、これらの信仰告白を重んじ、各地に伝道協力組織を作り、地域長老会の形成に努めます。
  3.  わたしたちは、信仰告白に基づいて、福音の御言葉を純粋に語り、聖礼典をキリストの制定に基づいて正しく執行します。
  4.  わたしたちは、カテキズム教育の意義を評価し、信仰告白に基づいて信仰者の育成に努めます。
  5.  わたしたちは、青年伝道の課題を共有しつつ、わたしたちの教会から伝道献身者を生み出します。

2003年9月15日


第九回全国協議会に出席して

小金丼西ノ台教会牧師 武田英夫

 九月十五日に富士見町教会で持たれた第九回全国協議会のテーマは「信仰告白は教会のきずな」でした。参加資格に、「『日本基督教会が一八九〇年に制定した信仰の告白を失うべからざる信仰の遺産として継承し、日本基督教団の信仰告白を承認して教会を形成する』という基本線を認める者」とあったことに抵抗を感じた方も居られたのではなかろうか。そのような方々への説明の意味も含めて藤掛順一牧師による主題講演は教会史から現実の教団の状況までに亘る誠に適切なものでした。それは季刊「教会」五三号でご確認頂くとして、私の理解を含めて紹介したい。

 教会が整えられて行くとき確立したものに正典、信条、職制の三つがある。これらは教会を結び合わせる「きずな」であり、そのうち、信条はその要と言える。「信仰を告白する」の語は同じ言葉を受け入れ、信じ、語ることという。教団の信仰告白と日本基督教会の一八九〇年「信仰の告白」との関係について問われたなら、どう説明すべきだろうか。教団信仰告白は明らかにその基礎に基本信条(使徒信条、ニカイア信条、ニカイア・コンスタンティノポリス信条、アタナシウス信条)とさらに宗教改革諸信条を持ち、さらにその流れに旧日本基督教会の「信仰の告白」をも持っている。伝統を重んじる改革長老教会がこれを大事にすることは何ら問題はないのである。

 教団に属しつつその信仰告白のみを告白するとしないのは教団内の分派行為ではないか、という批判があるが、教団の教憲・教規は「日本基督教団信仰告白を奉じる」と述べているだけで、「奉じる」とは何かの規定はない。即ち信徒がその信仰告白に拘束されることは規定していなく、それが教団内の聖餐の乱れの原因にさえなっているのではなかろうか。「一八九〇年信仰の告白」を重んじることを問題にする以前に、信仰告白の軽視をこそ問題としたい。

 だが形式的にせよ教団信仰告白のみを尊重すべきではないか、との意見に対しては、確かに初めて教団の一員となる時の洗礼式や転入会式では、教団の信仰告白を用いてその信仰を確認することが必要であろう。それでも、教団に属している教会の礼拝で、「一八九〇年信仰の告白」を用いることは、礼拝で使徒信条やニカイヤ信条を唱和するのと同じではないかと考えるものである。

 夕方の分団討議では良い話し合いができたとの声が聞かれただけに、各地の長老の方々が早く帰られたことは残念であった。私の出席した教職分団では、主題講演でも各個教会の教会規則について触れられたように思われたので、その点について大いに関心を持って参加したが、所謂「宗教法人としての規則」の外に、信仰面を規定した教会規則を持っている教会は、まださほど多くないようであった。信仰告白が教会のきずなという以上は、そのような教会規則を互いに持ち、交わりをなすことが必要と思う。協議会の翌日の牧師会での小堀康彦牧師の発題における「きずなによって結ばれる教会の群れを求める」との叫びからも、私にはそのような趣旨が聞き取れた。

 この分団に出席するまでは、両信仰告白を併せて採択するというような規則を教区や教団に承認して貰うためには相当なエネルギーを必要とするらしいので、教団上部に承認を求める作業は省略し、先ずは教会総会の承認の下で教会内での内規に留めるまででも十分ではないかと考えていた。だがこれでは自教会のアイデンティティの確立にもならないし、他の同じ伝統に立つ教会への激励にもならないと知った。時間をかけてでも教団に承認して貰えるような教会規則を一斉に作れないかと思う。

 以前なら長老は週内の祝日の前日に一日または半日の休暇を取れば、祝日の朝から午後三時頃まで使えたが、月曜祝日となると、前日の聖日には上京しにくく月曜日の日帰り上京となり、たった三〜四時間の講演を聞くために上京するのかとなる。

 一方、各地の長老達は全国の他の教会の長老達と話す機会も持ちたいのに、それも十分にはできないとなると全国協議会への参加者は減る傾向になる。今回は会場教会で夕礼拝があるという理由から、日曜夜の公開講演会が開けなかったが、もっと智恵を絞れないか、逆に都内の数教会の夕礼拝に各地の教会の長老が分散して参加し、自由な交流を行うなどはできないだろうか等とも考えた。


事務局報告

 阿部祐治