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巻末通信

海峡を渡る雲

▼若者向けの特別プログラムの礼拝を終え、高層ビルの谷間をタクシーで抜け、海沿いのホテルに戻る。生い茂るレイン・トゥリーの並木の下に、薄紅色のブーゲンビリアが惜しみなく散りこぼれている。シンガポールはマレー人、中国人、インド人の住む小さな多民族国家だ。幼稚園から英語で教育を受ける。だから若い人は公用語としてほとんどネイティヴに英語を話す。それで、見るからに違う異民族のはずが、国家という共通の利害の下で上手に「棲み分け」する社会ができあがった。こういう国も実際にあるのだなと思いつつ、改めて民族とか国家とは一体何なのかという問いが浮かんでくる。日本人に対してあまり好い印象を持っていない中国系の女性と出会った。どうも祖父母から戦争中の話を聞いて育ったらしい。アジアから見ると、この百年の日本の歴史は、ふだん自分の側で想像しているのとはまた違う顔に映っているようだ。

▼部屋に戻って海峡を渡る雲を見ながら、私はここ数年論壇を賑わせている「ナショナル・ヒストリー(国民の歴史)」論争を思い起こしていた。それは直接には、中学校の歴史の教科書に日本の戦争責任の問題をどう盛り込むかという問いをきっかけにして登場したものであるが、翻って明治維新以降の日本という近代国家成立の歩みをどう評価し物語るのか、いわば歴史の語り方の問題をも含む射程の大きな論争であった。その中で印象深く思ったことは、大東亜・太平洋戦争を侵略戦争とは見ない自由主義史観を唱える人々の多くが、維新から日露戦争までを扱った司馬遼太郎の歴史小説に励まされているという点である。「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている」(『坂の上の雲』)。司馬は、幕末から維新への動乱の時代を生き抜いて、日本という「国のかたち」を作り、実際に動かした若き志士たちの群像を描く。既に娯楽小説の域を超え、一種の国家論の趣さえある。そこには明確な史観があって、明治という国家の中にその後の歩みの萌芽が青写真として盛り込まれていたのである。その路線を、坂の上の雲を見ながら意気揚々と登りつめた青年期の日本。そこには屈託のないナショナリズムが表現されている。そこに多くの人々が共鳴したのもうなずける。ところが日露戦争の勝利から日本の歴史は変わり始める。国家としての品格を失い、欧米列強との対抗意識の中でアジアでの覇権主義が美化されるに至る。自由主義史観の人々は、この日露戦争以後、坂を転げ落ちてゆく日本の悲劇的歩みに眼を向ける司馬の厳しいまなざしを見ようとしない。司馬自身それを作品として主張しなかったことが悔やまれる。

▼『明治という国家』を遺した司馬に対して、『明治国家の思想』を著したのが日本政治思想の研究者丸山真男である。丸山もまた明治を近代国家の創世記と位置づける。

自由な言論の担い手としての近代的個人が登場したからである。しかし丸山は、早くも日露戦争に先立つ日清戦争において、この民権論が国権論に吸い上げられてゆく過程を見る。そこから健全なナショナリズムが歪み始めるのである。歴史小説家司馬と政治学者丸山。二人に共通しているのは、日本という国のかたちを歴史としてどう語るかという問題であった。

▼自由主義史観の論客の一人は、明治という時代が下からの英雄物語を必要としていた溌剌とした時代であり、国作りの気概を失っている戦後の今こそ、自虐的に自信喪失の物語を語るのではなく、元気の出る「国民の物語」を語るべきだと言う。しかし歴史をどこから語るのかということが明確にならなければ、そのような語りは危うさを伴う。自己の発話としてだけ行われる歴史の語りは独白にすぎない。他者との関わりの中で捉え返された歴史だけが真実の語りたりえる。しかし本当はそれでもまだ足りないのだろう。人間は絶対者の前に出ることなしには、自分を本当には相対化できないのではないだろうか。歴史を語る作業もそこからしか始まらない。マラッカ海峡におびただしい貨物船の群影。この椰子の茂る海岸にも重い百年が過ぎ去ろうとしている。

(TH生)


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