「崩壊則」を突破していくために

小堀 康彦

  日本基督教団の第33回総会が終わり、山北議長をはじめ、新体制の中での歩みが始まった。この33回総会は、その人の立場で評価は真っ二つに分かれる。新執行部を支持する立場から見れば、なかなか良くやったということになるだろうし、反対の立場から見れば、最低・最悪の総会ということになる。しかも、この評価は個人的立場を越えて、教区ごとに固定化され、両者の違いは対話不能と思えるほどにはなはだしく乖離している。これが、日本基督教団の現在の状況である。はたして、両者の対話は可能なのであろうか。現状を見る限り、この対語は限りなく不可能に近いように見える。それは、どのような教会として日本基督教団を形成していこうとしているのかが、まるで違っているからである。そして、この対立の構図は紛争以来三〇年に渡って築かれ続け、補強され続けてきたものだからである。対話には、共通の認識と場と信頼が必要であろう。しかし、残念ながらそのようなものは、両者の間にはない。その様な中で、両者の間を取り持とうとする者達(教区)も現れてくるだろう。しかし、そこにあるのは「護教団」という姿勢であって、真の「護教」ではない。このようなあり方は、必ずや妥協・裏取引という政治手法を用いることになるであろう。しかし、それで教会が建つとは考えられないのである。

 私の頭の中に一つの言葉が浮かぶ。「崩壊期」。ぼろぼろと壁が落ち、屋根が崩れ、床が腐っていく。あっちこっちで修理をするが、崩壊の速度の方が早く、どうにもならない状態。それが「崩壊期」である。教団の再建が叫ばれる。以前、本誌上においても、再編が語られた。しかし、それは可能であろうか。先の第33回総会は、紛争以来の問題提起者達による既成路線が変更したということが形となって現れたとも言える。それに先立つ第30回総会(小島議長・山北副議長が誕生した総会である。)において流れは既に変わったのであるが、今回の第33回総会においてその流れは奔流となったようにも見える。「靖国・天皇制問題情報センター」は廃止となり、「性差別問題特設委員会」は無くなった。「日本基督教団と沖縄キリスト教団との合同のとらえ直しと実質化」に関する諸議案は、名称変更議案の採決が妨害されての混乱の中で審議未了廃案となった。これは明らかな既成路線の変更を意味しているのではないか。教団正常化を求める者にとって、それは歓迎すべき事であろう。しかし、ことはそれでは済むまい。既成路線の変更は、概して組織体の崩壊をもたらすものではないか。第三〇回総会前、ある神学教師が日本基督教団を崩壊しつつある社会党になぞらえていたことを思い出す(今も、その教師がその様に言われるかどうかは知らないが)。日本基督教団は、世俗の組織体ではなく、キリストの体である故にそのような動揺も乗り越えていけるという観測も為され得よう。しかし、それほどの体力(財政・人材・霊性・神学・伝統等々)が今の日本基督教団にあるであろうか。確かにこのような既成路線の変更は、今の場合とは正反対の立場であるが三〇年前の紛争の時にもあった。そして、教団はあの時以来の教団の解体という危機は何とか乗り切ってきた。しかし、あの時の体力はもう今の私共にはないのではないか。一例を挙げれば、戦後から今まで各個教会を支えてきた信徒たちは高齢化している。それは、各個教会の財政・人材の枯渇という事態を招いているのである。そしてそれは、既に地方の教会において顕著に現れてきている。つまり、あの紛争の時には、まだ各個教会には体力があったのである。だから、正常化の戦いは三〇年にわたって継続され得たのである。今後はどうだろうか。今後とも、対話不能な戦いを営々と為し続けていく体力が私共に残っているのだろうか。そして、この「崩壊期」と呼ぶべき状況は、何も日本基督教団だけのものではないと思われる。この日本全体がある種の「崩壊期」に突入し、そこここで軋んでいるのである。その中で、自分たちの教会、グループだけは大丈夫であるというようなことはあり得ないのではないだろうか。

 では、私共はこのような状況の中で何を為していけばよいのであろうか。第一に、本音と建て前の使い分けをしない確かな教会群を形成していくことであろう。日本基督教団の再建の困難さは、本音(教会の現実)と建て前(教会の制度)が著しく乖離しているということにあるのではないだろうか。日本基督教団は「ある種の信頼関係」を前提として成立している。例えば、牧師の資質である。しかし、これは最早前提とできない状況がそこここで現れてきている。しかも、これに対処出来ないのである。そういう中で、「牧師とはかくあるべし。これにあらざる者は断固処分する。」そういう、教会群が生まれてこなければならないのではないか。これは、各個の教会で出来ることではない。勿論、処分が目的ではない。戒規を執行出来るほどに、牧師や信徒を教育・訓練していく事の出来る教会群が必要なのである。教理・神学・霊性・倫理の総体として一致を保持する教会群である。日本基督教団の中において、教区・地区にそれを求めることは出来ないのである。私共がやらなければならないのである。これは、必然的に牧師の人事とも連動することになるであろう。実は、多くの教会・牧師達はその様な教会群を求めているのである。私共は、そのような人々に、ここに「あなたが求めている教会の姿がある」と提示していく責任があるのである。このような一群の教会が胸襟を外に向かって開き、人々を、そして教会を招き糾合していくならば、教団は内側から再生されていく可能性があるのではないか。私はこの「崩壊期」にあっても、否「崩壊期」である故に、エリヤのために残されていた七千人が、この日本にも残されていると信じているのである。そして、この七千人が糾合していかなければならないのである。連合長老会ならびに改革長老教会協議会はそのような一群の教会群となっていかなければならないのではないだろうか。各個教会長老主義などという、本音とも建て前ともつかないあり方から、敢然と脱皮していかなければならないのである。

 第二には、伝道の再建である。日本全体の伝道を視野に入れた、強力な伝道の推進である。これは、様々なキリスト教の団体・学校・施設等との連携が求められるであろう。このような伝道の企ては、概して「それで教会が建つか?」という批判にさらされる。しかし、伝道には「教会を建てる」という面だけで包括しきれない所があるのではないか。少なくとも、各個の教会が己の教会のことだけを考えていくような所には、決して入りきらない面がある。私共はこと伝道に関しては、あらゆる労苦を惜しんではならないのである。「崩壊期」にあるからこそ、伝道によって突破していかなければならないのである。富と人と知恵を伝道に集中して投入していかなければならないのである。今、伝道集会も開けない地方の小さな教会がどれほどあるであろうか。兵站が途絶えた中で、トーチカにこもるようにして援軍を待っている数多の同労者・同信の者達がいるのである。私共は、そこに兵糧を送り、人を送り、伝道の前線を再構築しなければならないのではないだろうか。勿論、その前提が同じ福音理解・同じ信仰を告白しているということであることは言うまでもない。この営みの中で大切なことは、与える者が共に祝福を受けるということである。与える中で、日本伝道への志が私共の中に新しく注がれてくるに違いない。そして、私共はこの日本に普く福音を届けようとする営みに労する中で、日本人の心に届く福音の言葉を再獲得していくことが出来るのではないだろうか。伝道は力であって、力は鍛えねば身に付かないのである。伝道説教が出来ないような神学は、私共が受け継いだものではない。先日、粉河教会(和歌山連合長老会)百周年事業として復刻された「へール師物語」を頂戴した。和歌山に50年にわたって伝道され続けられた宣教師である。彼は、六週間におよぶ紀伊半島伝道旅行をわらじ履きで一八○回行ったという。この伝道の工ートスを受け継いでいるのが私共なのではないだろうか。伝道において、人後に落ちるようなことがあってはならないのである。

 第三に、補修である。「崩壊期」に日本基督教団が既に突入しているとしても、目の前で崩れていく壁を見過ごしにすることは出来ない。それぞれの置かれている状況によって、補修の場面は異なるであろう。第一で言っていることと矛盾しそうであるが、そうではない。教区・地区が私共の目指す教会群にはならないとしても、自分がそこに身を置いている場において、信仰告白において建てられていく教会のあり方を証ししていかなければならないのである。それは戦いというあり方になる時もあろう。日本基督教団の崩壊を高みの見物と決め込んでいては、無責任の誹りを受けるだけではなく、実体としての教会を形成していく力が私共の身に付いていかないのではなかろうか。歴史的教会は、議論を百年していても決して建っていくことはないのである。

(東舞鶴教会牧師)


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