彷徨う聖餐共同体

川島 直道

 ことの起こり

 一つの教区に十年いると、いろいろな役がまわってくるものである。今回は、教区総会開会礼拝での聖餐の司式を依頼された。断る理由もないので引き受けたが、直前になって困ったことになった。その開会礼拝の中で、日本基督教団信仰告白と共に、それと併置して「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」いわゆる戦責告白を告白するというのである。そのことが教区総会前の教区常置委員会で決議されていた。開会礼拝全体の司式を依頼されていた教師は戸惑い覚え、辞退すべきかどうか悩んでいたし、総会の会場を提供した教会の牧師もこの事態を憂慮していた。わたしも聖餐の司式をする立場から非常に困惑した。それは、その礼拝で執行される聖餐が、どういう信仰に基づくものであるのかが戦責告白の挿入によって不明確になってしまうからである。教区常置委員会では、もはや信仰告白を礼拝にいれる必要はないという意見や、戦貴告白だけを信仰告白として入れるべきだという意見まである。今回の総会で両方併せて告白するというのは、様々な立場を考慮してのいわば折衷案であるが、しかしそのような形で主の礼拝を考えている現教区の礼拝に対する姿勢にはまったく落胆する思いである。礼拝をただ人間的、政治的な擦り合わせによって成り立たせようとしている感が否めない。

 この局面をどう対処するのか。辞退することも考えたが、代わりの教職がたてられたとしても、それでは何の進展もないまま、聖餐の意味もあいまいなままに礼拝が行われていくことになるだろう。そこで、わたしはあえてこれを引き受け、聖餐の司式を行った。ただ司式者の権限で一言申し添えたのである。「ここに執り行います聖餐は、日本基督教団信仰告白に言い表されている信仰に基づいて執行いたします」と。総会後、早速、教区常置委員会でわたしの司式を問題とする声があがった。しばらくは教区内で開会礼拝の信仰告白のあり方について議論が交わされることになりそうだ。

 今日の聖餐の問題とは

 この一つの出来事は、現在の教団における聖餐の混迷を象徴的に表すものとして捉えることができるのではないだろうか。それは聖餐を聖餐たらしめる信仰の欠落である。未受洗者の陪餐は、そこで陪餐者の信仰は問われない。つまり聖餐が信仰と切り離されたところにあり、その場合の聖餐は、主の死を記念する「聖餐」ではなく、単なる飲み食いに終わっている。そこに何より信仰の欠落、あいまいさがある。

 礼拝における信仰告白の意義について詳しく述べる暇はないが、一つの役割としてはその礼拝全体に、とりわけ神の言葉としての説教と聖礼典に福音信仰の筋道を与えるものと理解することができる言い換えれば、信仰的根拠、拘束性を与えているのである。その信仰的根拠を教団信仰告白に言い表されている信仰に置くのか、それとも戦責告白に言い表されている内容に置くのか。教団信仰告白と戦責告白を信仰告白として併置した今教区総会の開会礼拝は、その信仰の筋道をまったく見失ってしまった。そしてそこにこそ今日の聖餐の混乱の原因があるのではないか。聖餐の問題は、きわめて信仰告白の問題なのである。

 聖餐共同体としての教会

 教会は、初期の時代から聖餐共同体として歩んできた。使徒言行録第二章では、ペンテコステの時、ペトロを通して福音の説教を聴いた人々が洗礼を受けたこと、そして「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(使徒二・42)ことを伝えている。また「ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き…」(使徒二・46)とあるように、この「パン裂き」を中心とした共同体の存在がそこに示されている。この「パン裂き」を直接、今日の聖餐と結びつけることには議論があるようだが、それが単なる飲み食いではなく教会にとっての特別な食事であったことに変わりはない。人々がパンを裂きながら、何よりそこで思いを馳せたことは、あの最後の晩餐の時のキリストのお姿であったに違いない。ゆえにパウロは言う。「だから、あなたがたはこのパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」(一コリント一一・26)。

 ここには、明確に聖餐の目的が示されている。それは「主が来られるときまで、主の死を告げ知らせる」ことである。「主の死」とは、主イエスの十字架の死による罪のあがないと、この死によって罪と死に勝利した復活の命である。聖餐はその福音を告げ知らせるための食事に他ならない。聖餐に与るごとに、この福音の信仰がいよいよ強められ「告げ知らせる」務めへと導かれていく。聖餐が福音宣教の原動力となるのである。そしてそれは「主が来られるときまで」その神の国の完成に向かって弛まず続けられるべきものなのだ。ゆえに聖餐は、信仰と切り離された単なる飲み食いではない。キリストによってもたらされた神の国を見据えた天的な食事である。その信仰をもってこそ、はじめて聖餐は喜びの食事となり得よう。

 これまで日本基督教団もそういう聖餐共同体として歩んできたはずであるし、またこれからもそうであるべきだ。しかし、今日の教団の動向は、この聖餐共同体からは大きく外れたところに向かっているのではないだろうか。それは信仰という恵みの港につながれていた船が、そこから離れて、大海へ彷徨い出たようなものである。港に戻らなければ、燃料も水も食料も補給できない。教団が今、そのような状態で世の海原を漂流していることにただならぬ危機感を覚える。

 教会の一致のしるし

 合同教会である教団、教区の礼拝においてなされる聖餐はまことに意義深いものである。それは単なるパフォーマンスではない。それは何より教会の一致のしるしであり、教会が一つの信仰に基づく聖餐共同体であることの証なのである。わたしは神学生時代に隣接のルーテル神学大学との合同礼拝を何度か経験したが、そこで共に聖餐に与った時の感動を今でもよく覚えている。それは教派を超えた一致の食事であった。その時に、あの「信仰は一つ」(エフェソ四・5)という御言葉が自然に浮かんできた。信仰が一つだからこそ共に聖餐に与れる。共に主の死を記念し、その命を分かち合うことができるのである。

 アウグスブルク信仰告白(一五三〇年)の第七条にある「教会は、聖徒の会衆であって、そこで福音が純粋に教えられ、聖礼典が福音に従って正しく執行せられるのである」という告白は有名であるが、それに続く告白も心にとめるべきものである。

 「教会の真の一致のためには、福音の教理と聖礼典の執行に関する一致があれば足りる」

 福音の教理と、その信仰に基づく聖礼典の執行の一致。教会の一致のためにはそれ以外のことは必要ない。いやそれで十分なのだ。我々は一体何において一致しようとしているのであろう。我々は今一度、ここに教会の一致の源を確認する必要があるのではないだろうか。そのためにも改めて聖餐共同体としての自覚を新しくすることが求められているように思う。

 一九九二年九月の第四回日本基督教団改革長老教会協議会での宣言に次のような文言があった。

 「教会は、明確な信仰の告白に基づき、キリストの十字架の死による罪のあがないと復活の生命に与る聖餐によって成立する聖餐共同体であることを確認します」

 この宣言の意義は、今日もなお非常に重いものであると受け止めている。この宣言の主体である我々の教会は、ただ自分たちの教会だけを見ているのではない。もっとグローバルな視点を特って、日本の教会、世界の教会が、真に聖餐共同体として歩むことを望み見ているのである。我々の教会が主に対してそのような責任をもっていることを覚えたい。そこに「一つの聖なる公同の使徒的教会」を目指す我々協議会の存在意義がある。

 おわりに

 聖餐をめぐる混沌とした状況は、今日ますます深刻である。我々もこの問題に関して決して無関心であってはいけない。代々の教会は聖餐を力として、そこから福音宣教に励んできたのである。教会が聖餐共同体であることの自覚にいよいよ目覚め、明確な信仰に基づく聖餐の執行に向かうことを心から望む。そこから新しい時代を生き抜く教会の新しい歩みが始まるのである。

 聖餐については、この季刊『教会』でも度々特集が組まれてきたし、『聖餐―なぜ受洗者の院餐か―』(日本基督教団改革長老教会協議会一九九四年)が出され、その基本線はすでに共有している。これからも学びを継続しつつ、教会が真に聖餐共同体として回復する道を模索していきたい。そこに協議会運動の一つの重要な役割があるのではないだろうか。

(錦ケ丘教会 牧師)


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