協議会運動に思うこと

似田 兼司

改革長老教会の伝統に立つ

 東北出身の私が、神学校を卒業して東京の教会で五年間担任教師として奉仕をした後、関西の地に足を踏み入れたのは一九七〇年のことでした。東神大の紛争が起こり、教団総会が開催できなくなったりした頃でした。そんな東京から逃れるように田舎の教会に赴任してきましたが、教区総会が徹夜で行われたことに始まって、周囲の教会との交わりに戸惑いを覚える日々を過ごしました。自分の信仰がおかしいのか、とさえ思われるほどでした。そんな悩みを抱えていることを知ったある先輩の牧師が、宣教協議会への参加を勧めて下さいました。さらに西部連合長老会の教師会にも陪席を許され、アットホームな思いを抱いたことを忘れることができません。東京の教会も母教会も旧日本基督教会の教会ですが、改めて改革長老教会の伝統を学ぶことになりました。赴任した教会も同じ伝統に立つ教会ですが、教団と関係のある施設などもあって、連合長老会に加盟することは難しいと勝手に決めていました。それでも極力修養会などにはそれに属する牧師の方々の応援を求めました。自分の立場が決まると、徐々に教区や地区との会合にも恐れず顔を出せるようになりました。地方では近隣の諸教会との交わりは欠かせない面があります。

協議会運動の成果

 改革長老教会協議会連動が連合長老会によって始められると聞いた時は嬉しくて、鎌倉雪ノ下教会に駆けつけました。そしてまもなく現在の大阪教区に属する教会に赴任しました。同じ関西にある教区なのに、いろいろな点での違いを体験しました。なにより以前は隣近所の諸教会とのお付き合いは矢かせなかったのですが、ここにはそれかおりません。それがよいのか悪いのかは分かりませんが、自分で選んで自由に研修会や団体や交わりに属することができます。各地区によって状況は違うようですが、私たちの地区には、婦人会連合以外には諸教会の交わりは何ひとつありません。その代わり有志の人々が自由にいろいろな会を作っては研修会などをしていました。福音主義教会連合関西部会の活動も活発でしたし、もちろん西部連合長老会や、和歌山連合長老会の前身である伝道会もその活動をされていました。

 やがて改革長老教会協議会の関西地区会も誕生しました。全国連絡会との関わりを密にしながら順調な歩みをしてきたと言えると思います。西部連合長老会に属する教会や教師の参加や支えもありました。この運動の中から複数の教会や教師が西部連合長老会に加盟されるようになりました。

 全国的にも各地に連合長老会がいくつか新たに誕生しました。この運動の成果のひとつと言えると思います。大きな、目をみはるような成果であったと私には思われました。その事は一方では連合長老会にまだ加盟できない者にとってはひとつのプレッシャーでもありました。声明で「地域長老会の形成を目指す」とうたうことがいけないとは思いません。むしろそれは当然の目標であります。協議会運動は二十数年も経っているのに、目に見える成果がないではないか、と言われる方がおられる時、「切り倒さないで、もう少し待ってください」と懇願する思いでした。連合長老会に加盟したくても加盟できない教会や教師がまだ大勢おられると思うからです。

 私か最初に主任牧師として赴任した教会が、最近無牧になって代務者をたてる時、同教会の長老公は西部連合長老公の議長にお願いに行き、同連合長老会が牧師を推薦してくださった、と聞きました。私が在任中には考えられないことでした。

四教会伝道会のこと

 今仕えている教会は、親教会が五十年近く前に開拓してできた教会です。親教会は、私たちの教会を生み出してから十数年の間にさらに二つの教会をも誕生させました。それ以来これら四つの教会は交わりを深めつつ歩んできました。

 同牧師は、教会創立百周年の記念すべき年に隠退されました。その際、四つの教会の交わりが疎遠にならないで、その交わりを持続させるために、組織化したいと提案されました。そこで各連合長老会のものを参考にさせていただき、簡単な規約を作りました。名称は「四教会伝道会」としました。ちなみに第二条には

 「本会は改革教会の伝統を重んじ、長老制度によって教会を形成することを志向し、聖書を正典とし、基本信条ならびに福音主談話教会の信仰告白を尊び、一八九〇年に制定された『日本基督教会信仰の告白』を継承し、一九五四年に制定された『日本基督教団信仰告白』を告白する」

とうたわれています。

 総会や委員会の他に、長老研修会、牧師会、伝道担当者会、壮年会、婦人会、CS教師会、合同キャロリング、信徒の集い等を継続して行っています。昨秋、伝道会創立十周年を記念して、伝道集会を合同で行いました。昨年クリスマスの集計が手元にありますが、人人だけで四つの教会の礼拝出席者は計四六八名でした。ひとつの教会だけであったら、これだけの出席者を得ることは困難であったと思われます。四つの教会の所在地はそんなに離れた所にあるのではありません。親教会に行くのに、どの教会からも三キロと離れてはいません。もちろん、四つの教会だけの交わりでよいとは思っていません。そこで諸事業の項目の終わりに、「同じ信知的立場に立つ他のグループ、団体との協力」との文言がつけ加えられました。伝道会にとってこのことはとても大切なことだと思うからです。四つの教会だけでもよいのではないか、という声もないではありません。しかしこの項目は単なる追加ではなく、私たちの会が正しく、健全に成長するためには欠かせないことだからだと思っています。しかしまだこのために何かが始まっているとは言い難い状況です。これも長い目で見ることも必要なことではないかと考えています。

協議会運動に望むこと

 私たちの地域には、幸いにも連合長老会や協議会の関西地区会があります。どちらの会の教師会等なども以前に比べて参加者が増えています。若い伝道者の姿も見られます。改革長老教会の伝統に立つ教会以外の教会の出身者の方々も多く参加されています。これらの方々を暖かく迎えてともに歩むことは大切なことで、おおいに励まされることでもあります。

 また、全国レベルで考えて協議会がまだ組織されていない地域のために、何らかの方策をたてることをなすべきではないかと、常々思ってきました。私がかつて田舎の教会でそうであったように、孤立している伝道者がいるのではないかと思うからです。

 また、東京では定期的に、改革派教会と日本キリスト教会との方々との交わりの場があるようですが、関西には私の知るかぎりでは見当たりません。研修会などで、あるいは個人的な交わりはもちろんあるでしょうが、なにか公の会合があってもよいように思います。ある会で他教派の牧師と会う機会があります。彼らとの間には何の違和感もありません。なぜ違和感を感じる人々とお付き合いをし、そうでない方々との交わりがないのか、とよく思わせられます。私たちの運動が、すでに掲げている基本線で行われるなら、「教団の中で」にこだわらずもっと幅の広い活動になってもよいのではないかと思います。そういう意味でも海外からの講師を招いて講演会が行われたことは、よかったと思います。さらに海外の諸教会との交流も進展することを期待したいと思います。

 そして最後に述べた四教会伝道会のことも覚えて下さい。なんらかのお交わりや、ご指導をいただきたいと個人的には思っています。

千里丘教会牧師)


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