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アタナシウス信条

(420-450)

  1. おおよそ救われんと願う者は、すべてのことに先立ちて、公同の信仰を堅持すること肝要なり。
  2. この信仰を欠くることなく、乱す事なく守るものにあらざれば、必ずや永えに亡ぶべし。
  3. 公同の信仰とは是なり。即ち、我等は一なる神を三位に於て、三位を一体に於て礼拝す。
  4. されど三位を乱さず、本質を分たず。
  5. そは御父に一位あり、御子に一位あり、御霊に一位あればなり。
  6. されど御父と御子と聖霊の神たることは皆同じ、その栄光は等しく、その神威の永えなるもまた等し。
  7. 御父の然かあり給う如く、御子も然かあり、聖霊もまた然かあり給う。
  8. 御父も創造られず、御子も創造られず、聖霊も創造られず。
  9. 御父も量り難く、御子も量り難く、聖霊も量り難し。
  10. 御父も永遠なり、御子も永遠なり、聖霊も永遠なり。
  11. されど三つの永遠なるものにあらず、一つの永遠なるものなり。
  12. 三つの創造られざるものにあらず、三つの量り難きものにもあらず、一つの創造られざるなるもの、一つの量り難きものなり。
  13. 御父も全能なり、御子も全能なり、聖霊も全能なり。
  14. されど全能なるものは三つにあらず、全能なるものは一つなり。
  15. 御父も神なり、御子も神なり、聖霊も神なり。
  16. されど三つの神にあらず、一つの神なり。
  17. 御父も主なり、御子も主なり、聖霊も主なり。
  18. されど三つの主にあらず、一つの主なり。
  19. そは基督教の真理によれば、三位を各々神また主と告白せざるを得ざればなり。
  20. されば公同の信仰によれば、三つの神、三つの主ありというを禁ぜられたり。
  21. 御父は何ものよりも成らず、創造られず、生まれざるなり。
  22. 御子はただ御父よりのものにして、成らず、創造られず、生まれたるなり。
  23. 聖霊は御父と御子とよりのものにして、成らず、創造られず、生まれず、出づるなり。
  24. 故に、一つの御父あり、三つの御父あるにあらず、一つ御子あり、三つの御子あるにあらず、一つの聖霊あり、三つの聖霊あるにあらず。
  25. この三位には先なるものなく、後なるもなし、大なるもなく、小なるもなし。
  26. 三位は皆ともに永えにして、ともに等しきなり。
  27. されば、にいえる如く、凡てに於て、一体は三位において、三位は一体において礼拝せらるべきなり。
  28. 故に救われんと願う者は、三位一体をかくの如きものと識らざるべからず。
  29. されど、限りなき救に至らんがためには、我等の主イエス・キリストの受肉をも、真実に信ずること肝要なり。
  30. そは、正しき信仰は、神の御子たる我等の主イエス・キリストの神にて、人たることを信じて告白することなればなり。
  31. 神というは、御父の本質にして、万世の前に生れ、人というは、母の本質にして、この世に生まれ給えることなり。
  32. げに全き神にして全き人、霊魂と肉体とを備え給えり。
  33. その神たることにつきては、御父に等しく、その人たることには御父の下にあり。
  34. 神にして人なりというも、二つにあらず、ただ一つのキリストなり。
  35. その一なるは、本質を肉に変んぜしによるにあらず、神に人性をとり給えるによるなり。
  36. その全く一なるは、本質の混淆によるにあらず、各位の一なるによるなり。
  37. そは霊魂と肉体とにて一つの人なるが如く、神と人とにて一つのキリストなればなり。
  38. キリストは我等の救のために苦難を受け、陰府に下り、三日目に死ねる者のうちにより甦り、
  39. 天に昇りて全能の父なる神の右に坐し給う。
  40. 彼処より来りて、生ける者と死ねる者とを審き給わん。
  41. その来り給う時、凡ての人その身体もて甦り、
  42. 各々その業につきて事由を述ぶべし。
  43. かくて、善を行いし者は永遠の命に入り、悪を行いし者は永遠の火に入るべし。
  44. これすなわち公同の信仰にして、これを忠実に且つ確実に信じる者にあらざれば、救われること能わざるなり。

(東京基督教研究所訳)


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